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「定常電流の保存則」とは何なのか

pandaman64.hatenablog.jp の続き.

要約

”定常状態”にはそもそも電荷分布の定常性が含まれるとするのが多数派.

本文

「定常電流の保存則」とは,任意の閉曲面Sに対し,Sを通る電流Iが時間について変化せず一定であるとき,Sが囲む領域内の電荷Qも,時間によらず一定であるという定理である.Sに流れ込む電流をI_{in},流れ出す電流をI_{out} として図示すると,以下のようになる. f:id:pandaman64:20151031032443p:plain


\begin{align}
\text{「定常電流の保存則」}&\quad
\frac{dI_{in}}{dt} = \frac{dI_{out}}{dt}=0\Rightarrow\frac{dQ}{dt}=0\\
\text{「電荷保存則」}&\quad
\frac{dQ}{dt}=I_{in}-I_{out}
\end{align}

ここで注意しておきたいのは,「定常電流の保存則」は「電荷保存則」とは異なることである.「電荷保存則」は dQ/dt=I_{in}-I_{out} であることを主張しているに過ぎないが,「定常電流の保存則」はこの上でdQ/dt=0,すなわちI_{in}=I_{out} であることを言っているのだ.「電荷保存則」を受け入れたとしても,「定常電流の保存則」は自明ではない.それなのにどうして「定常電流の保存則」を当たり前に受け入れられるだろうか.導体の途中で不良電荷たちがたむろっていてもいいじゃないか(もちろん,キルヒホッフの第一法則がこの保存則を強く示唆していることは分かる).

図書館で電磁気学と名のつく教科書を片っ端から探し,索引で定常電流の項を引いた.すると,本によってさまざまな流儀で「定常電流の保存則」の成立を説明していた.(ただし,索引に定常電流が載っていない本は見ていないし,一部のテキストでは「電荷の保存則」の項に説明があることもあった.)

説明しないよ派

「定常電流の保存則」の導出や証明を行わない教科書がたくさんあった.以下に例を挙げる.

このようにクーロン力以外に(電池の化学作用のような)非クーロン力をつかうと,時間とともに変わらない電流(これを定常電流という)をつくることができる.定常電流は,電荷自身は移動するがその分布は時間的に変わらないので,その取扱いは静電気の場合とよく似ている. (1)

特に説明はない.個人的には電池だって全部クーロン力だと思うが,他の部分を読んでいないので文脈が分からない.

定常的な磁気減少は,空間内の任意の点で正味の電荷密度の変化が0であるとうい(原文ママ)特徴をもつ.したがって,静磁気学では 
\begin{equation}
\nabla \cdot \boldsymbol{J} = 0 \tag{5.3}
\end{equation}
が成り立つ. (2)

これも特に説明せず受け入れているが,「定常電流の保存則」についての磁場の関わりを想起させる.


\mathrm{div}\, \boldsymbol{i} + \frac{\partial \rho}{\partial t} = 0 \tag{193}
この式は電荷保存則を表しており,電荷に関する連続の式とよばれる.

電流の強さと流れる方向が時間的に変化しない電流を定常電流という.定常電流の場合には \partial \rho/\partial t = 0 であるから 
\oint_S \boldsymbol{i}\cdot d\boldsymbol{S} = 0 \quad\text{または}\quad \mathrm{div}\, \boldsymbol{i} = 0 \tag{194}
である.これを定常電流の保存則という.(引用註:Sは任意の閉曲面) (3)

式で言ってはいるが特に証明があるわけではない.同様なテキストは,たとえば(4)など他の本にもある.

ほかにも,キルヒホッフの第一法則を証明なしに導入する本がいくつかあったが,それもこの態度の表れだろう(キルヒホッフの第一法則は定常電流の保存則によって導かれるため).

結局,こういったテキストでは「定常電流の保存則」の理解はできないと言わざるを得ないが,誤った説明を載せるよりはなんぼかマシである.

説明になってないよ派

これより,電流保存則 
\frac{\partial \rho}{\partial t} + \nabla \cdot \boldsymbol{i} = 0 \tag{4.10.7}
が導かれる.

この保存則より定常電流が定義できる.導体線の一部について考えよう.左側からI_1が流れ入り,右端からI_2の電流が出てゆくとする.このとき,電荷の保存則より


\begin{equation}
-\frac{dQ}{dt}=I_2-I_1=0 \tag{4.10.8}
\end{equation}

である.したがって,I_1=I_2が成り立つ.電流は電場によって引き起こされるから,定常電流では電場も時間的に一定である.(引用註:\rho電荷密度で \boldsymbol{i} は電流密度,Qは閉曲面内の電荷) (5)

説明になっていない.「電荷の保存則」は「定常電流の保存則」を導かない(文章内で言うと,I_2-I_1=0が成立するとは限らない.今年出た新しい本なのになあ).

定常状態は定義に電荷密度の定常性も含むよ派

ここでは明示的に電荷密度の定常性を述べている教科書をとりあげた.説明しないよ派は(暗黙的に)この流儀をとっているのかもしれない.この場合は電荷密度の定常性と電荷保存則から容易に定常電流の保存則が導ける.

電荷密度 \rho(\boldsymbol{r},t) と電流密度 \boldsymbol{J}(\boldsymbol{r},t) は,(5-14)の連続の方程式で関係している: 
\begin{align}
\nabla \cdot \boldsymbol{J} + \frac{\partial \rho}{\partial t} = 0 \tag{5-91}
\end{align}
定常電流を考えよう.つまり,\boldsymbol{J}\rho は空間内いたるところ時間にはよらない.すると,(5-91)により 
\begin{align}
\fbox{定常電流}\quad\nabla \cdot \boldsymbol{J}(\boldsymbol{r}) = 0 \tag{5-92}
\end{align}
となる.(引用註: \fbox{定常電流} は左寄せ) (6)

定常電流の定義に \rhoの時間について不変である性質が含まれていると読み取れることだろう.この立場をとる他の例にはこのサイトもある.僕の調べた限りでは,僕が通う大学の教科書(後述する)以外のテキストではすべてこの方法を用いて「定常電流の保存則」を導いていた.

これまで挙げたテキストは,定常電流の性質について多くてほんの数行しか言及していないが,『ファインマン物理学』(7)は定常電流について数段落を割いて説明している.

彼の立場でも,電荷密度の定常性を定常状態の定義に含めている.しかし,電荷保存則を用いる方法以外でも「定常電流の保存則」を導いてるのは特徴的だ.どのような方法かというと,電荷密度と電流の定常性を仮定すると,マクスウェル方程式から電場・磁場両方が”静”となることが言えるので,アンペールの法則の両辺の \mathrm{div} をとることで定常電流の保存則を導けるというものだ.この導出は,「電荷保存則」と「定常電流の保存則」が独立であることの一つの証拠となるのではないだろうか.

ほかにも,

\nabla\cdot\boldsymbol{j}=0という要請は電荷はすべて自身閉じている道筋に沿って流れることを意味する.(中略) 回路には電荷を流しつづけるための発電機や電池があってよい.しかし充電や放電をしているコンデンサーがあってはならない.

という記述があり,ファインマン流に言えば僕が構成した例は「定常電流」とは言えないようだ.

この問題とはあまり関係がないが,以下の記述は興味深かった.

”磁場ができるためには本来電流がなくてはならないし,すべての電流は動く電荷からくる.”静磁気”は従って近似である.それは多数電荷が運動していて,電気の定常な流れで近似されるという特殊な動的状態に関わっている.”

電流の定常性から導けるよ派

大学の教科書(8)では以下のように記述してあって,僕はこれに散々悩まされてこんな長文を書く羽目になったのだった.

電流が時間とともに変化せずに一定の電流が流れる場合,すなわち 
\frac{dI}{dt} = 0\quad\text{あるいは}\quad\frac{\partial \boldsymbol{i}}{\partial t} = \boldsymbol{0} \tag{4.4}
が成り立つとき,これを定常電流(stationary current)という.

導体中を定常電流が流れる場合,電流が時間的に変化しないという条件,すなわち定常電流の条件から,任意の閉曲面内の電荷は変化しない,すなわち \displaystyle{\frac{dQ}{dt}=0} であることがわかる[1].もしそうでなければ時間とともにその閉曲面内の電荷が変化し,したがって電界も電流も変化するので,定常電流の条件が成り立たなくなるからである.したがって定常電流では,任意の閉曲面Sに対して


\boxed{\iint i_n dS = 0} \tag{4.5}
が成り立つ.(引用註: Iは閉曲面Sを流れだす電流, \boldsymbol{i} は電流密度,QSがなす領域内の電荷i_n\boldsymbol{i} の面素dSの法線方向の成分)

とある.電荷の時間変化が電場の時間変化を生むのはガウスの法則からわかるとして,電場の時間変動性はただちに電流の非定常性を導かないよなあとうんうん唸ってたのだ.

それどころか,僕はこの証明が成立しないような反例を構成したわけだが(電場の変化が電流の変化に繋がらないことが僕の例の本質),実はこの文章には以下のような脚注がついていた.

[1][注意]この導体は全体がつながっていることが必要である(強調引用者).導線の途中でコンデンサーがある場合には導線が途切れているが,この場合には電流が時間的に変化しないとしても,1つの極板を含む閉曲面内ではdQ/dt=\pm I\neq 0となり,以降の議論は適用できない.この場合は8章で考える.(引用註:第8章では変位電流が導入されてマクスウェル方程式が登場する)

というわけで,先生方はすでに問題を分かっていたということだった.ちゃんとテキストは読もう.

しかし,結局のところ定常電流という条件から「定常電流の保存則」が導けるのかは明らかでない.試してみたら,マクスウェル方程式を使えば「定常電流の保存則」の導出できた(と思う…)ので,それはまた別記事に書く.