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慶應は必修物理をやめる必要はない

2016年7月12日追記:
この記事は基礎において重大な誤解に基づいている.したがって,声明部分は全く誤っているから読む意味は無い.私がどのように間違えたか気になる人はその下を読んでもよいが,私が正しいと信じてはならない.後日正しい記事を書く.
誤った見識に基づいて非難する記事を書いたことをここに謝罪します.

声明

慶應理工学部では1年次に必修物理を通して春に力学を,秋に電磁気学を学ぶ.力学の講義は教科書の各章について講義2-3コマ,演習1コマによって構成されている.

これは素晴らしい仕組みだ.学生は演習を通して物理への理解を深めることができる―演習が根本的に壊れてさえいなければ.そして,テキスト第8章の演習問題は完全に壊れている.

良い問題はただ解く練習になるだけでなく,学生の思考を試し,本質的な理解を促すことさえできる.一方悪い問題は学生をいたずらに惑わし,教師から見ても学生の理解が不十分なのか,それとも性質の悪いひっかけにはまってしまったのか区別できない.それでも誤った答えを示すよりはましだ.答えを眺めることで初めて問題の意図を理解できる可能性も残されているし,少なくとも学生に嘘を教えてしまうことはない.

慶應が犯したのは両方だ.解くことのできぬ問題を学生に与え,解法と称して有害な嘘をばらまいた.それが単なるミスであるのならば仕方がない,ただ低質な教育であったというだけだ.しかし慶應は件の演習が壊れていることを知りながら何年も放置し続けている.これは講師陣が学生らをわざと苦しめようとしているか,それとも講義の質などどうでもいいと思っているに違いない.

いずれにせよ講師陣は不誠実である.「力学はまさに近代的な物理学の始まりといわれるゆえんを味わっていただく」とシラバスに謳っているのは良いが,彼らがやっているのは物理からは遠く離れたごまかしである.講師陣の皆様には即刻心を改めてかの演習を修正していただきたい.さもなくば,そのような劣悪な講義にはもはや行う価値は無い.

問題

件の問題を以下に示す.
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画像は慶應義塾理工学部 『物理学B』(2016) p.80より.但し2014年,15年度分も同じ演習が掲載されている.

方針

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上下方向の運動だけを考えよう.図1のように,鎖全体に働く力は重力 \rho Lg・手が引く力 f・床の垂直抗力 Nの3種類である.したがって,運動方程式は鎖全体の運動量をPとすれば(上向きが正),


\frac{dP}{dt} = f + N - \rho Lg. \tag{1}

ここで, P


P=\rho y v \tag{2}
と書けることを利用すれば,結局


\rho v^2 + \rho ya = f + N - \rho Lg \tag{3}
を得るから,未知の量 f,N,yの内2つが分かれば,この方程式を解くことで残りを求められる.そう,2つ必要なのだ.しかし,慶應は(2)(3)で量を1つしか与えていない.では,一体どのようにしているのか.

慶應の指導

慶應の解説では


N=\rho (L-y)g \tag{4}
としてこの先の議論を進めている.もし(4)式が正しければ,未知の量が2つになるので上手くいく.しかし,(4)式を導く合理的な理由は存在しない

物理的な問題点

拘束条件

まず初めに,束縛力は拘束条件によって定まるという事実に注意したい.例えば,床に置かれた物体は「床に垂直な方向へ移動しない(床に垂直な方向の速度0)」という条件から,垂直抗力が重力に等しくなると決まっているのだ.では,この問題の条件は何だろうか?

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一つには,「鎖は全て机の上にある」という条件がある.しかし,これは式を立てるのには役に立ちそうもない.他には無いだろうか?鎖を2つの部分に分ける,というのが一つの発想である.図2のように鎖を動いている上の方と静止している下の方に分けてみれば,

  • 動いている部分 → 全体が速度 v

  • 静止している机上部分 → 全体が速度 0

という条件が出てくる.静止している部分に着目してみれば,床に乗った物体と同じなのだから,垂直抗力が重力を打ち消すだけ働くのだ―と考えれば,(5)式から慶應の与える Nの式を出すことができる.


\text{机上部分全体が静止している}\Rightarrow
\underbrace{0}_{加速度}=\underbrace{N-\rho(L-y)g}_{机上部分に働く力?} \tag{5}
このモデルをKOモデルと呼ぼう.しかし,KOモデルには問題がある.

消えた相互作用

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KOモデルの問題点とは,鎖どうしの相互作用が考慮されていないということである.鎖の動いている部分と静止している部分はつながっているのだから,力のやりとりがあっても良いはずである(図3).それを Tと置こう.すると,(5)式は(6)式のようにに書かれなければいけない:


0=N-\rho(L-y)g+T. \tag{6}
Tも未知の量であるから,鎖を分割して新たな式を得たのは良いが,同時に未知の量も増えてしまっている.これでは yを求めることはできない.

もし,KOモデルのように Nが先の式であると主張するならば, T=0である,すなわち鎖の動いている部分と静止している部分の間に相互作用はない,という仮定が必要になる.KOモデルを採用するにはこの仮定を説明するような理由が必要だが,この仮定は直感的にも疑わしい.ちょうど引っ張り上げているところで力が働かないのは極めて奇妙では無いだろうか?

KOモデルの破綻

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それだけでなく,KOモデルは力学の一般法則に反していることさえ示すことができてしまう.静止した鎖の部分を図4のように更に2つに分割しよう.片方は動いている部分につながっているところから長さ v\Delta tだけ切り取った部分 \delta,もう片方は残りの長さ L - y - v\Delta tの部分 Rとしよう(図5-1).図5-2は図5-1から \Delta t秒経過した後の状態を示している.このとき,部分 \deltaは速度 vで運動している.したがって,この \Delta t秒間で部分 \deltaには \rho v^2 \Delta tだけの力積が加えられていることが分かる.

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この二つの間では上下方向に力を加えあってはいないというのは直感的に妥当だ.したがって,残りの部分には重力と垂直抗力しか働かず,これらがつり合っているのだから Rに働く垂直抗力 N_R


N_R=\rho(L-y-v\Delta t)g \tag{7}
となる.KOモデルによれば垂直抗力全体は N=\rho(L-y)だから, \deltaに働く垂直抗力 N_\delta


N_\delta = \rho v\Delta t g \tag{8}
となり, \deltaに働く重力とつり合っている.そのうえ,KOモデルでは動いている鎖の部分が \deltaを引く力も 0なのだから,結局, \deltaに加わる力は全体で


T+N_\delta-\rho v\Delta t g=0 \tag{9}

となり,これは \delta \rho v^2\Delta tの力積が加えられたことに反してしまう,すなわち運動量保存則を破ってしまっているのだ.そのようなモデルを使用することは物理的に全く妥当ではない.つまり慶應 N=\rho(L-y)gという推論は根本的に誤りである.

慶應の不誠実な姿勢

この問題が,もし教科書の片隅に小さく書いてあるだけだったら,問題はそこまで大きくなかっただろう.ただチェックが行き届いていなかったというだけだ.しかし,この問題は章末の演習として何年もの間1ページを占有しているし,そのうえ演習の時間を1時限とってこの問題に充てている.更に,演習の時間ではTAが学生のサポートおよび解説をしていた.垂直抗力の出所が分からなくて質問をした学生もきっといたことだろうに,そのとき教員やTAはこの問題点に気付かなかったのだろうか.居なかったとしたらこの記事を読んで大いに反省していただきたい.居たとしたら,学生にこのような劣悪な問題を与え,しかも物理的に不適当な考え方を回答と称し強要するという悪事に良心の呵責は覚えなかったのか.悪いと思っているのならば何故教科書は依然としてこの壊れた問題を何年間も掲載し続けているのか.期末試験の過去問から適当に選んで取り替えてやれば十分なのに,その程度の労も厭うほど講義のことなどどうでも良いと考えているのか.それとも学生を罠に嵌めて喜んでいるのか.いずれにせよ慶應は不誠実である.悪質な演習を放置し続け学生に被害を与え続けているのは道義にもとる行為だ.慶應は今すぐ演習を修正しなければならない.さもなくば必修物理の講義をやめろ.