ヤマノススメ

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これは昼飯です.奥にあるのは玄米茶.しょっぱめの赤米の上に漢方みたいな味付けの豚と酢がかかった葉が乗ってます.おいしかった.これはほめ言葉です.

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道がない

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速度制限の下に自分の速度が出て便利.後ろのが太陽電池

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点字ブロック久しぶりに見た

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ついに砂利道になる.

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道が細い

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植物園が途中にあるらしい

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ヤードで言われてもわからん・・・

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植物園を通り過ぎて後ろを振り返ったところ

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ポイ捨て

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タンポポ

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キツいキツい言いながら登っていたら突然ヤギの群れに遭遇した.
何も分からん・・・.

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木に生えてる葉っぱをむしゃむしゃしている

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ヤギに挨拶してたら数匹に同時に見返されてビビる.

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目的地のローレンス科学館に到着

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建物はこんな感じ

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眺めがいい.目線と同じ高さに雲がある

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中に入る.これはヤモリの足的なやつ.

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飛行船を飛ばして遊ぶ

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外に出ると水をせきとめて流れを観察するというのがあった.

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こちらから見た眺めも良い

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ゲームが置いてあった.一人でコマをカチャカチャした

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手を地形の上で開いたらそこに雨が降って水が流れていくシミュレーション.どうやってるのかなと上を覗いたらKinectを見つけた.

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ショップにプログラミングの本があった.

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下には学習漫画が.中身見たけど日本の奴の翻訳っぽい(書き文字が日本語).STATISTICSの奴見たら主人公が面食いだった.

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ヘビかわいい.

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Tシャツ.買った

ここでスマンホホが電池切れ.

この後は霧箱を見たり*1初期のサイクロトロン(手のひらサイズ)*2を見たり9段のハノイの塔をガチ解きしたり帰り道で遭難しかけたりした.

地図も携帯も無いのに面白そうだからと知らない道選ぶのやめよう!*3

科学館は子供が多く,水とかに平気で手を突っ込んだりしてすごいなーっと感じた.

*1:20秒くらいに一回ぐらい宇宙線を見た

*2:この科学館の名前にもなってるローレンスさんがサイクロトロンを開発してバークレー初のノーベル賞をとったそうです

*3:とりあえず下に行けばなんとかなるやろ!って言って袋小路に無限に突入してた

本:『確率の哲学理論』

この本を読む前の僕は頻度主義者を自称しており,「ベイズ主義だとベイズ推定の解釈が簡単!」という言説に対して「それは確率の方に解釈の難しさを持ってきただけでは?信念の度合いって何?」「それに主観的確率を採用するとしてなぜその値を現実の事象に採用して上手くいくと考えられるの?それ結局頻度主義なのでは?」と反感を抱いていました. とはいえ,こんなことは専門家がとっくの昔*1に考えているはずなので,良さそうな本を拾って読んでみました.

読んだ後の気づきとしては自分は頻度主義者というより傾向説の方が近いかなという感じ. それに主観的確率は操作主義的に測れるんですね,なるほど~.そしてそれが間主観的という一種の客観じみたものになり得るというのも納得*2

古典的理論

  • 17世紀当たりの奴
  • 無差別の原理

論理説

→無差別の原理は発見的原理としては役に立つ(統計力学で等重率の原理が現象を説明する)けど論理的な原理としてはパラドックスを生むよ(=いつでも設定できるわけでは無いよ)

主観説

  • ラムジー
  • デ・フィネッティ
  • 確率は個人の信念の度合い
  • 確率は賭けに割り振る値によって操作的に決められる
  • → Dutch book argumentによってコルモゴルフの公理系との同値性が示される
  • 独立性の代わりに可換性を仮定する
  • しかし,独立性はアプリオリに想定できるものではないため,可換性も主観的に決めることは出来ない

わからんところ

ギリースのバージョンのDutch book argumentは破綻していると思う. 具体的には,登場人物Aさん・Bさんの内Aさんが事象Eの発生にqの信念の度合いを提示し,Bさんがそれに応じて好きな賭け金額Sを賭ける(Sは政府いずれでも良い). もし事象Eが生じたらBさんがqSを受け取るという形式なのですが,これ上手くいくんですか? 何回も考えたが完全に分からん. 自分は1ドルの報酬がつく賭けにqドルの値を付けるという設定に翻訳して理解した.

ところで,独立性をとりいれた主観説というのはあり得るのでしょうか.

頻度説

  • ミーゼス
  • 確率は性質の集合(標本空間・性質空間)での相対頻度の極限
  • 経験則の1(統計的頻度安定の法則). 相対頻度は大体収束する(コルモゴルフに対応)
  • 2(ギャンブル体系排除の法則). ギャンブルで勝つ方法は無い(ランダムネス・独立性に対応)
  • 単一の事象の確率は不正確な語法であり,本来は扱うべきでない
  • ミーゼスの確率論は自然科学の数学と同じようなもの
  • 確率は相対頻度の測定によって操作的に決められる
  • 完全な操作主義は不可能
  • ランダムさの公理の性質・立場が微妙
  • 加算的加法性が入らない

傾向説

  • ポパー・ギリースほか
  • ポパーの(オリジナルの)傾向説→頻度説ではない客観説全体を指すように
  • 確率は何らかの傾向
    • 繰り返しの条件が相対頻度を生む傾向
    • 世界の傾向→テストしづらい
  • 因果性を確率と結びつけるには難点がある(逆向き・同時点の現象についての条件付確率の解釈が難しい)

ギリースの傾向説

  • 条件の傾向
  • 確率理論は未定義語の関係であり,現実の抽象化である(ユークリッド幾何学がそうであるように)
  • 抽象法則は間接的なやり方で現実と関わり,法則が生成する仮説のテストによって正当化される
  • 経験法則をより深くしたものとしての確率論
  • このときに定性的な関係が用いられる→統計的検定による棄却
  • 統計的頻度安定の法則→確率残による収束率も含んだ計算(より正確な見積もり)
  • ギャンブル体系排除の法則→独立性
  • 加算的加法性が無理なく入る(数学的な単純さがあり,理論体系が観測と矛盾しないことによって正当化される)

(本文より) こうしてコルモゴロフの公理の意味と,確率論におけるその中心的な役割が新たに明らかになる.小売りは十分抽象的なので,主観説によっても傾向説によっても満たされている.したがってそれは,これら両方の解釈にきょうつうするすうがうてき,構造的特徴を示している.しかし,もし手関節から客観的解釈を区別したい場合には,もう一つの公理,すなわち独立した繰り返しの公理を付け加えることによって区別が可能になる.もしその結果得られる体系を観察に結びつけることで正当化したいとすれば,反証ルールを付け加えなければならない.こうして,抽象的で数学的な公理から経験の世界へと渡る橋がつくられる.

間主観的確率

  • ギリースほか
  • 複数人に対するdutch bookを考えると,複数の人物が同じ主観確率を持つことが合理的な場合があることが分かる→缶主観的確率
  • これは主観と客観の間が連続的であることを示唆する

人工物的なもの→星座の星は宇宙に人間とは独立に存在するが星同士の距離は極めて遠いこともあるし,それぞれ相対的に運動している.つまり星座は最近の人間が恣意的に定めたものである.電子や光子という分類も同じ意味で人工的である.

  • 主観的→個人の信念の度合い
  • 間主観的→合意による集団で共有された信念の度合い
  • 人工物的→確率は物的世界に存在するが,確率の生じた原因は人間と自然の相互作用によるものである.例えばコイン投げ・喫煙者が肺がんになる確率
  • 客観的→人間とはまったく独立に物的世界に存在する確率.放射性原子の分裂確率とか

原子や講師が人工物的という分類面白いと思うんだけど,実在論の範囲では聞いたことがない.実は有力な反論があるのでしょうか.

多元主義

これらの中でまともに使えるのは主観説・間主観説・傾向説. コルモゴロフの公理は十分に抽象的なので主観的にも客観的にも解釈できる.

繰り返しの事象については傾向説で解釈すれば反証ルールで確証・反駁ができて客観的に確率を計算できる.

単一の事象の確率には主観的確率がよっさそう.

例: 経済の状態は時期・場所によって独立ではない. サンプリングは母集団においては既に頻度は定まっているのであり,ランダムネスは抽出によってのみ導入されるだけである. よって経済の状態について客観説を用いるのはできない. これはある意味自然科学と社会科学の違いを示している.

自然科学では調べる事象は調べる人に全く無関係に起こる(不確定性原理は微妙だけど). 社会科学では調べる人=関与者の意思決定が社会事象に影響を与える. “"予想がのちの事象に一致したのか,それとものちの事象が良そうに一致したのか,どちらともいえない”"

参加者が社会システムへの(誤っているだろう)理論・信念を形成し,それが社会に影響を与える. その影響を繰り込んで参加者がまた理論・信念を更新していく. →再帰性(ソロス)

とはいえいつでも再帰性が大きいとは限らない.無視できるほどに小さいことも多い ↓ インデックス(均衡理論・正常な状態) vs アクティブ(再帰性・正常でない状態)の対立 自然科学(観察者と事象が独立) vs 社会科学(観察者が事象に影響する) not 操作主義 vs 操作主義

操作主義は恣意的だが,それでも有用である. 大まかな質的な評価を数的な値にすることができる(e.g. 成績評価) また,値を割り振る方法が規範的な性質をもつ(e.g. 合理的な人間ならdutch bookを許さないように確率を割り振れ) このとき,操作主義はよいか少なくとも十分な方法

自然科学においては,質的な現象が単純に量的なパラメータが導入されて説明される これは上手くいってきたが,社会科学ではあんまりうまくいっていないので操作主義的な手続きが必要

ギリースは株式市場の行動分析を社会科学的なものとみなしている.

p323.

“各株式はある一定の時点で決まった数的価格を持ち,...そこにかなりの恣意性があることがわかる”

“株式市場において価格は,多くの投資家が行った売買の意思決定によって決められる.しかしこれらの投資家の意思決定は独立からは程遠い.投資家はお互いに影響を与え合い,ある一定時点ではいつも,市場価格を大幅に決定する規約的合意がなされている.”

→株価は再帰的に定まっており,自然科学的なパラメータというより操作的に決められた恣意的な値である.

しかし『ランダムウォーカー』では長期的(数十年程度)にはインデックス投資=市場平均を打ち砕くアクティブ投資が存在しないことが繰り返し主張されてきた(これはギャンブル体系排除の法則にも似ている). これは株式市場でも長期的には(傍点)独立な条件の繰り返しとして還元されることを示しているのではないか.

*1:といっても100年も経ってないのだが

*2:とはいえ,デ・フィネッティの間主観的確率の導入は統計学をしっかりやるためにはナイーブすぎる気がします.ぼくは統計理論は渡辺さんの『ベイズ統計の理論と方法』でしか調べたことが無いのですが,件の本にはサンプルの独立性の仮定なしに統計的説明ができる方法は見つかっていないと書かれており,アプリオリな可換性による議論は難しいだろうというギリースの意見に同意します.

20世紀物理学史 【上巻】―理論・実験・社会―

20世紀物理学史 【上巻】―理論・実験・社会―

20世紀物理学史 【下巻】―理論・実験・社会―

20世紀物理学史 【下巻】―理論・実験・社会―


熱力学や古典力学の歴史は山本義孝氏の本で学んだことがあるのですが,最近*1の話は良くわからないので読んでみた.

アインシュタインの相対論とか,現れた当初はそもそも重要な貢献だとは見做されてなかったらしく,今の評価とは大違いで不思議.
とはいえ,ひとたび光が当たると論文数や研究者の数が1年で10倍・100倍と増えていってすげえと思った.

面白いが悲しい所もあって,例えば冒頭で挙げたナショナリズムのことがある.
『20世紀物理学史』には「○○(ここに民族名が入る)物理学」といった主張がまじめな顔で行われていたり,他国の物理学者を論文誌や学会において排斥したりということが書いてあり,とても悲しかった.
そして,学会があちこちで開かれたり研究のために他国の大学を訪問したりと概ね国際的なコミュニティを為していた物理学者であってもこうなのだから,のコミュニティでは,きっともっと酷かったのだろうなあと感じる.
悲しい.

*1:といっても100年前だけど

祈り

最近,祈りたくなることが増えた.

一人大学と家との間を歩いているとき,電車を待つとき,お風呂に使っているとき,

そんなとき感情がどうにも高ぶることがある.

コミュニケーションがうまくいかないこと,能力が足りないこと,大学に落ちたこと,学科分けにも弾かれたこと,

そんなことが思い浮かんでしまってどうしようもなくなる.

足は止まり目には涙が浮かぶ.悲しい気持ちになる.生きているのがつらく感じる.

この1年間で,自分以外にも興味が向くようになってきた.

蔓延する強制労働,いじめ,排他主義,生殖,親権,嫌がらせに嫌がらせ指摘される人間,

世の中にも悲しいことはたくさんある.

自分に対する不満なら自分を苛んでしまえば終わった.おれが世界一だという信念を構築してしまえば何の問題もなかった.

ただ,社会に対する悲しみにはこれはあまり上手くいってくれない.

おれが社会を変えるのだ.そう決心してみるときもあった.

けれども,それよりも,ただ祈りたくなることが増えた.

ぼくには信仰がない.祈る先が存在しない.手を合わせてみたり組んでみたりしてただただ無事を,平穏を,幸せを願うしかできなかった.

信仰が欲しい.信じられる何かが欲しい.

南正太郎(@mayuragicenter)*1が言うには宗教は心の慰めに過ぎない.それはそうなのだろう.

けれどもぼくはぼくの心を満たしてくれるような絶対的な存在を求めてやまない.自分の能力に嘘をついて自尊心をいたずらに膨らませていくのはイヤなのだ.

↓誕生日のぼくが信じられるものです
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*1:南正太郎さんへ.数か月前に長文のaskをした者です.あの時はありがとうございます.私は南さんの議論は説得的だと思いますし,意見には概ね同意します.ただ,その上で私と南さんには価値基準の違いがあるとは考えています.

2016年

できたこと

人生の目標ができた

世俗的な目標

一生遊んで暮らせるだけの金を手に入れる

そうでもない目標

「情報」の本性を理解する

Rustに触れた

良い言語*1だと思う

物理・数学に親しんだ

やっていくぞ

できなかったこと

  • 世界征服
  • 彼氏・彼女
  • コミュニケーション

2017年に手に入れたいもの

  1. 能力
  2. 人間性

*1:言語の目標が明確で,それに対してうまいアプローチをとっているの意